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詩と音楽・17


はじめは青山潤三氏の写真と散文です。
98ムラサキ科、フィールドベニモンキチョウ 雲南
この年の夏は、後半のアメリカが快晴続きだったのに対し、前半の中国は連日の雨、野生アジサイを求めて雲南省西部のミャンマー国境山地を訪れた際も、土砂降りの中での撮影行となった。しかし、雲南省北部の香格里拉(シャングリラ)に転進した第一日目に、待望の晴天が。撮影目的は、ユキワリツマキチョウと白水台ウオーターテラス。白水台へ向かうバスの車窓からは、光の中を舞うユキワリツマキチョウが、次々と目に飛び込んで来る。日が差さないと姿を現さないユキワリツマキチョウだが、この様子なら、撮影を明日に回しても大丈夫だろう。ということで、白水台到着後は、ウオーターテラスの撮影に没頭する。夕刻、撮影がほぼ終了したので、少しはチョウの写真も写しておこうと、脇道に入ってみる。日本と同じモンキチョウと、中国が本場のフィールドベニモンキチョウ、それぞれ♂♀のペアが舞い飛んでいた。ともに求愛飛翔中なのだけれども、求愛様式のパターンが全く異なる。その比較のための写真撮影だから、セットでない単独写真では、意味がない。しかも、横に飛んでる♂の姿をトリミングして外してしまっている、、、、。 というわけで、ただの綺麗なチョウの写真になってしまった。結果として写真が美しいから文句はないのだけれど、苦労して撮影したことを思えば、複雑な心境である。



次は、三 角さんの詩です。

きみの世界

きみが死にたくなったときは
ボクにきみの絵を描かせてくれないか
大きな樹 とても大きな樹
きみのお父さんのお父さんの
そのずっと前からきみのことを見守っていた
その樹に抱かれているきみの絵を

きみが死にたくなったときは
きみに贈る歌を書かせてくれないか
やさしい風 とてもやさしい風
きみのお母さんのお母さんの
そのずっと昔から君のことを待っていた
その風に包まれているきみの歌(を)

そのときがきたらたぶんボクも
きみと一緒に旅立とう
やさしい風と大きな樹
死んだのちもきみと生きる
一枚の絵 短い歌
死んだのちもきみと生きる

そんな世界できみと生きる

そんな世界できみと生きる


☆この詩をもらったときは、泣けましたね。詩のなかに出てくる「きみ」を自分のことと、錯覚して読んだからです。
あとで、「きみ」は私ではないのだと気付くのですが、詩の楽しみ方としたら、詩の中に感情移入して、自分が「きみ」の役割になって読んだほうが、絶対楽しい。皆さんにもお勧めです。

客観的に見れば、死ぬ直前の人が、「もうすぐ死ぬので、私の絵を描いてください」とか、「私に歌を書いてください」とか、連絡できるだろうか?実際のとこころ、死の直前の姿を、描いてもらいたくはないだろう。。。たぶん、虫の知らせというか、そんな予感がして、三 角さんが、絵を描いてくれる???歌を書いてくれる???のだろうと思って、とても感激しました。

三 角さんの説明では、

「そんな世界できみと生きる」というのは、こういう意味だそうです。

<三 角さんの解説>

私は死後の世界を知りません。
あるとも考えていない。
「きみの世界」は「死後の世界」ではなくて、「新しい世界」です。
「死んだのちもきみと生きる」のは私だけが残ってきみの記憶とともに生きる、
という意味ではありません。
あとを追うということでもない。
死は死に任せる、絵や音楽が起こす奇跡によって生まれ変わる、
そんな希望について書きました。
絵や音楽を書くことによって、私自身〈も〉生まれ変わる、という意味です。

[ココをクリックすると曲が鳴ります]
☆皆さんのイメージと全然違う曲になったかもしれません。
トクチャンの感想は、支離滅裂な曲。。。ということで、ちょっとがっくりですが、自分ではまあまあ気に入っています。落ち込んでいく「死」というイメージではなく、生きる気力が出てくるような気がしませんか。
☆クラリネットの音が、歌う部分のメロディーです。
字数の都合で、詩の文字をだいぶ変えていますので、ご了承ください。
君の世界1

君の世界2


いかがでしたでしょうか。
次は、18、「あのさ」です。

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